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2009年2月

2月23日

えりちゃんとランチデート。

旅行の予約を2つしてバイトをして一日終了。ちゃんと計画を立てて勉強して効率よく動かないと一日なんてあっという間に終わってしまう。

さあ、がんばろう。

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2月18日

八幡宮の牡丹庭園。

麩饅頭が美味しかった。また山道。源氏山公園。

銭洗弁財天。小町通り。

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2月17日

鎌倉旅行出発。

11時に北鎌倉駅到着、手土産の黒船どらやきを携えて。R先輩はまだ来ない。

先に観光。墓地見学。朝鮮の石塔が多くあった。2008年7月寄贈とされ、まだ公にされてない。幸運。

広い、静謐、凛。澄み渡った空気が好き。鯉がアオサギに食われてた。北条家の家紋は何だろう。三つ鱗だ。屋根に記されていた。百済、高句麗時代の石塔を様々な文様を写真に収めた。

鎌倉は山。見晴らしは絶景。富士が近い。

お寺の中に幼稚園があることが多い。

観音様、お地蔵様。円覚寺の中の様々なところに祀られ、小さな花が添えられている。風流。福寿草、水仙、梅。白梅、紅梅。みな美しい。

見晴らしのよい茶店で抹茶をいただいた。そのあとは歩く。どこ行ったっけ。あとで確認。

鶴岡八幡宮へも行き、小町通りへ行く。ソーセージが美味しい!

夜は逗子でいただいた。さすが、お洒落。准教授の叔父。二分の一成人式を次の日に控えたMちゃん。Tは可愛い。

夜はあっさりおやすみ。

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2月13日

3時にレッスンに行って「感染列島」を見に行った。

レッスンではねこ鍋の本を置いてった。

持っていった曲はひどい状態だった。もっと練習しなきゃ。

「感染列島」で、改めて日本の危機的状況に気づかされた。私にできることはなんだろう。教育だと思う。民主主義を日本に根付かせる教育。上からの押し付けではないやり方。

教育庁を今現在何というかもわからない。でも国家公務員になりたいと思った。今日から勉強開始だ。

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2月9日

今日も昼過ぎまでだらだらしてしまった。悲しい。

部屋が汚いことがは要因だな。あとはもちろん夜更かし。だから私すごく反省したんだ。明日はちゃんと起きようと思うし部屋もきれいに保つの心がけようと思う。

だって部屋には持ち主の心が表れるって言うじゃない。つまり散らかってる部屋はその人の心が汚れているということ。自分できちんとキレイにして磨き上げていかなきゃね。

バイト始まりました。鎌倉旅行決まりました。連絡しないと。

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2月8日

今日は昼過ぎまでごろごろしてしまった。時間を無駄にしたようで悲しくなる。

でもねその分夜は充実してたよ。

チェ・ゲバラの「39歳の手紙」を見てきた。深くて、見ていると自然と私泣いてた。チェはね、キューバ革命で成功し、政府の要人となった。裕福な生活をし、子供にも恵まれて穏やかに暮らしていたはずなんだ。子供は5人も生まれたんだよ。

でも、彼はキューバを解放しただけじゃ足りなかったんだ。ボリビアに行って、またゲリラ活動を開始したの。外国の人を救うために。彼自身はアルゼンチンの出身だからキューバ革命のときも外国人だったんだけど、見たこともない、まだ会ったこともない人々を、貧しい暮らしをしている人々を助けるために危険の中に身を投じていったんだ。

なぜ?ってずっと私考えてたよ。家族に別れを告げて、安全な、豊かな暮らしを捨てて。そうしてまでなぜ闘うことができるんだって。

革命は失敗に終わってしまったけど、未だに多くの人が彼を正義のアイコンとして讃えている。当たり前だよ、それだけのことをしたんだから。

みんなにもぜひ見て欲しい。

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2月7日

今日は電話がよくある日。

ミュゼプラチナムから無料カウンセリングの電話と(日程が合わなくてやめたけど)デイフィットの店長さんからバイトの電話。そして朝倉からの相談。

知は入籍したけど結婚証明書の提出という結婚の最終段階をずっと引き伸ばしてたのね。それは結婚をまだためらう気持ちがあったからだよ。

ダーリンが不法滞在者だというのは始めて聞いた。外国人にそういう人が多いといっても、多くの人がやっているからいいというものじゃない。やはり将来の不安も大きい。

それで結婚しようと言ったって、ビザ目当ての結婚と思われたってしょうがないじゃない。

こうすけのことを好きだと言ってた。今結婚したら後悔する。でもしなくても後悔する。わかってる。悩んでるのもわかってる。決められるのはあなただけなんだから。話なら聞くから、自分の気持ちをよく整理してごらん。どっちを選んでも未練は残る。でもどこかにきっかけは転がってるものだから。大丈夫だよ。

大丈夫だよ。

今日は女の子会。食事美味しかった。でも会計は手早くやろう。後のお客さんに迷惑をかけてしまったから。

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2月6日

今日は午前中にパソコンが届いた。早速明日組み立てて活用しよう。図書館行って勉強してバイト行ってっていう生活をしたい。

バイト、今日履歴書渡して面接してきました。かな~りゆるく楽しくバイトできそうで嬉しいな。

今日は妙心寺展に行ってきた。前から気になってた牡丹の障壁画はまさかの10日から公開で見られなかったんだけどね。

今日見た作者覚書。狩野元信!!!この人の絵があたしは好きみたい。コレクション用のファイルを買わなきゃ。繊細にして明晰。元信の作風を良く表した言葉だと思う。

狩野探幽。狩野山楽。海北友松。この人が牡丹絵の作者みたいね。絵葉書は買ってきたわ。ちなみに今日タダで入れちゃった。入り口でチケット買おうとしたら近くにいたおばあまが、招待券余ってるからあげるわってくれた。嬉い~~~~!前にキルト展に行ったときもおばさまが、二人入れるから一緒に入ろうって言ってただで入れてもらった。わたしおば様にも好かれるみたい。声かけやすい顔なんだろうな。

夜はチェ・ゲバラの28歳の革命。

人と人がなぜ殺しあわなければならないのか。フィデル・カストロの側近として革命のアイコンとなったチェ。武力活動によるバティスタ政権への揺さぶり。人間個人としてではなく、組織として、共同体の一員として世界を眺めたとき、人を人とも思わず殺し合いが起きる。私個人の話で言えば、周りの人々が幸せでいればいい。生きていればいい。殺しあおうなんて思わない。ただ大義の達成のための道として、人を殺して達成するという道がある。他に道はなかったのかもしれない。でも死んでいった人たちは悪ではなく、家族を持ち、隣人を愛する一人の人間だ。人が人ではなくなるとき。大きな組織の単なる一部分として、機械の部品のように扱われるとき。それは戦争の中だけではなく私たちの日常社会の中にも頻繁に表れる。

私たちは人と接するとき、何かの組織に属する人として相手を捉える。サークルの同期、先輩、近所のおじいさん。それはありふれたことで悪でなんかない。

でもなにかひとつの組織を壊したいときに、組織そのものを壊さなければならないがために部分としての人が殺されてしまう。何が正しくて何が悪いのかなんか答えられない。

革命を確かに達成したチェたちは、10年後民衆に「人殺し」と呼ばれていた。確かに彼らは多くの人を殺した。多くの人を殺したおかげで今生きている人々がいる。だが殺された人々の家族の悲しみはそれによって癒されることはない。

アルゼンチンの裕福な家庭に生まれたチェがなぜ革命の道を選んだのか。文字通り命懸けのいばら道。命を賭けて闘う価値があったのか、革命に。自らが家庭で穏やかに幸せに暮らす道を選ばなかった。

ただ、貧しく、弱い人々のために生きた。なぜ?なぜ自分を犠牲にしてまで、そこまでできるの?多くの人々が彼のもとに集まった。なぜ?

考えるしかない、生きて、考えていくしかないんだ。

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2月5日

ちょっとずつ理想の生活を手に入れていこうと思う。今の状態よりキレイにする、または汚さないという意識を保てばなんとかがんばれる。

そしてダイエット。バイトがデイフィットに決まったからがんばってマシーン乗ろう。証明写真撮らなきゃ。

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